雑音万華鏡 -Noiz-

愛してやまない音楽たちにあふれんばかりの情を込めて

Vol.8 Eclectic / 小沢健二 (2002)

金属製の階段を下る。足音は金音。自分が確実に階段を降りていると確証出来るその音は、一定のリズムで階段室に響き渡る。ちらついている蛍光灯。時間から取り残されたように薄汚れた壁。うっかり手をついてしまうようなら、その埃が手のひらの跡をつけてしまいそうな、時間の経過を物語る薄鼠色。

階段を下りることに目的はない。ただ響く足音を楽しむだけの簡単な遊び。どこかで軋むドアの開く音。階段の持ち主が増える音。音は上から響くか下から響くか。少しだけステップを早めて下りる。踊り場は滑るように、階段は確実に。

歩みを止める。二人目の音は下から迫ってくる。そうか、これが邂逅というものの前触れか。階段室での逢瀬を導くための呼び水。階段を上ってくるその人が女性であることは間違いない。根拠のない確証を持って、再び下る。

そもそも何階から下り始めたのかも覚えてはいない。この階段室を隠していたビルがどのような建物だったのかすら記憶にはない。ただどこからか入り込んで下りて行くのみ。目的も思想も終着すらもない。階段の高さはどこまでも一定に。自分の歩みも一定に。これが中庸。面白みのない世界に歩む自分に行き先などは必要ない。ただ下ることを選択したという事実のみ。上ろうとはしなかったという二分の一の選択。それは何の暗喩?

ふとした迷いに足が止まる。なぜ自分はここを下っている。そうこうしているうちに、もう一人の住人の音が近づく。心の準備が出来ていない。やがて出会ってしまう時のための用意が。この狭い階段室で鉢合わせになったときに交わす言葉は何か。何の変哲もない挨拶か。愛の言葉か。無言か。視線は絡むか。腕は触れるか。

くだらない足枷に心を止められているその隙にも足音は近づいてくる。自分はなぜこの階段を下っている。なぜもう一人の住人がいる。この薄汚れた階段室に。背中を一筋の汗が伝う。一人だと信じていたはずの世界にやがて誰かが現れるという恐怖。手すりへと繋がる恐怖の伝播。

足音は思っていたよりも近く。自分の心臓の音だけが無闇に高鳴る。この音とあの音とがぶつかり合う時に、この理由はわかるのか。なぜ階段を下りていたのかという、その理由が。

やがて訪れるその時間のために下っていたのだと、理由が明確になる頃、あの足音も止まる。その時を待たずして下れ。邂逅の言葉を持たずして下れ。

 (968文字)

 

Eclectic

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