雑音万華鏡 -Noiz-

愛してやまない音楽たちにあふれんばかりの情を込めて

Vol.29 雨雲 / 吉井和哉 (2007)

今年三回目の雨雲が通り過ぎていった。少年はずぶ濡れになったシャツを乱暴に脱ぎ捨てては、その小さな手でシャツを絞る。足元に流れる水。少年の胸はまだ薄く、青年になるまでにはまだ時間がかかることを示していた。

雨雲は既に遠く、雲一つない空は、次の雨雲のやって来る時期を教えてくれることはなかった。少年は絞ってくしゃくしゃになったシャツを肩に掛け、自分の周りにいる動物たちを呼び寄せる。雨はいつ来るともしれない。動物たちに水を飲ませるチャンスを逃してはいけない。ただその教えに従って、雨雲とともに外に出てきただけだった。

少年は不幸にも不思議に思う。大人達は雨が来るタイミングを全て把握している。大地と大空の引き合うルールを知っている。雨雲は年に十回やってくる。その水と、その後に奇跡のように生える草が動物たちの貴重な餌になることも知っている。少年はまだそのルールの意味を知らない。それは教えられて知るものではなく、空のルールを知ることが大切なのだと大人達は口にする。そして、少年は疑い始めている。雨雲は大人達が呼び寄せるものなのではないかと。

今年四回目の雨雲を探すために、少年は常に空を見つめる。分け与えられた仕事も手にせず、ただ空を眺めるだけの日々。大人達はとうに諦め、雲を呼べるまで外に出ていればよいとあきれ果てて少年を外に放り投げた。雨雲は来ない。時折ちぎれた薄い雲が空を流れるが、少年が探しているのは空一面を覆う奇跡の雨雲だ。動物を潤し、もちろん人間も潤す貴重な雨雲。大人になればそれを呼び込めるに違いない。そう信じて、自分が大人になるには雲を呼べればよいのだと屋根の上で雨雲を待つ。

少年は知らない。雨雲は大人が呪術で呼び込むようなものではなく、自然の摂理でやってくる、地球の営みの一環だと言うことを。摂理を知ることが大人であり、その大人が呼び込む雨雲もまた摂理によるものだと言うことを。

雨雲はやってはこない。雨雲は広がらない。大人が学んできた摂理を、少年はまだ知らずにいる。知らないことを無理に知ろうとすることが、少年にとって貴重な時間の浪費であることですら知らない。疑問を持ってしまった少年は、無駄な時間を費やすだけ。それでも大人達は少年の疑問を無下にはしない。

いつか知るはずの摂理を、そして摂理の中で人は生かされていると、少年もやがてその身体が逞しく成長する頃には理解していることだろう。今年四回目の雨雲を見つけたとしても、それはまだただの偶然。大人になるまでの長い時間の中で、少年は偶然を繰り返して、やがて本当のルールを知る。大地のルール、大空のルール。雨雲はまだやっては来ない。少年がそこに気がつくまで、雨雲は決してやっては来ない。大人達が諦めを通り越して少年を呼び寄せる頃になっても、雨雲はやっては来ない。それでも少年は空を見つめ続けるか。大人になるための短い時間を無駄に過ごすか。

やがて少年も空に飽きてしまい、いつものように大人達の仕事を手伝うことだろう。そして摂理を理解する前に四回目の雨雲がやって来る。そしてまた少年はシャツを濡らし、次の雨雲を呼び寄せることに躍起になることだろう。その繰り返しが少年をいつしか大人にする。摂理を身につける。まるで雲を呼び寄せるかのような力を身につける。

雨雲は年に十回、必ずやってくる。必ずと言うことが人と動物たちを生かしているのだと理解し、そしてルールを知る時、少年は既に逞しい青年になっている。成長は理解。少年はどこかで必ず大人になっていく。空の下で。雲の流れの下で。

(1465字)

 

雨雲

雨雲