雑音万華鏡 -Noiz-

愛してやまない音楽たちにあふれんばかりの情を込めて

Vol.30 coup d'Etat / Syrup16g (2002)

たった干支一巡り前の話。適度な敵意、適度な投げやり、適度な絶望。若造のよくある物語。その主人公、ありとあらゆる自分。大勢いる自分。自分が沢山。全てが適度な若造。
自分には既にその過去はなく、最早断絶されていた。そう信じていた。

Syrup16gの描いた過去の若さに触れた時、自分は自分の指を紙で切っていた。薄い痛み、薄い血液。若造であった自分。歌詞を見ながらじっくり聴いていく。こんな若造の適当な絶望に徐々に感化されていく。せいぜいが自己形成途上の若者の描く、ありがちな半径数メートルの絶望でしかないものを、なぜ大人になった今になってもプロトコルが一致している?

鍵。自分はいつまで、その扉の鍵を持ち続けていた?もう既に放りやったはずの鍵がまだ手元にある。なぜだ。あえて忘れ去った数多の絶望が押し込められたクローゼットの鍵が、手元から足元へと落ちる。しかし消えやしない。

絶望の鍵。いい大人になれば、誰だってそんな物はいつの間にかどこかに忘れ去ってしまうものだというのに。鍵を持ち続ける大人はまだどこかにいるのか。呼べば木霊は返るのか。もう呼び合う暗号すら既に忘れているはずなのに、鍵だけがここに残っている。絶望の鍵。絶望以外の何物でもない鍵。

12年前の彼らは決して、あの時の絶望を忘れさせやしなかった。しかし、思い出せと強要もしない。思い出したいなら思い出せばいいさと、胸元を小突く。揺れる足元。膝から崩れ落ちる身体。思い出せない。鍵さえあれば思い出せるのに。そして手をついた先、目の前にある鍵一つ。

鍵を持ち続ける限り、子どもが歌う歌に絶望を求めてしまうのは救いようのない事実だ。その歌に確定はなく、自由しかない。今さら突きつけられてもどうにも処理の出来ない自由というものだ。生きた時間とその残骸が絶望。あまりにも曖昧な自分が絶望。子どもは歌い続ける。気がつくと自分も歌っている。歌詞すら曖昧でメロディすら曖昧で。曖昧なもの、それが絶望。

絶望の鍵穴を見つけることもできない限り、いつまでも子どもの歌を歌い続ける自由に封じ込められる。忘れた頃に現れた若造の走りはどこへと向かう。鍵一つにおびえ、大した成長も見せないままに。

暴かれる自分の中の子どもよ。いつまでその歌を歌い続けるつもりだ、お前は。

(935字)

 

coup d'Etat【reissue】

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