雑音万華鏡 -Noiz-

愛してやまない音楽たちにあふれんばかりの情を込めて

Vol.38 東へ西へ / 井上陽水 (1972)

塩を指ですくう。そして口へ運ぶ。舌に乗せる。強烈な刺激が走る。それが気付け薬。そしてまた生き返る朝。一日の始まり。

目覚めは日が昇るより少し早く、空は黒の色素を払い落とし濃紺へと近づいてゆく。青への距離はまだ遠い。日の出へ向けた準備。昨日の穢れは寝ている間に全て夢の中へと葬り去った。

今日のキャパシティの確認。容量は足りているか。一日を生き抜くことは出来るか。日々の生存。僕らは毎日に生きている。そして生きていることの正反対の出来事がいつ起きてもおかしくないことを学んだ。痛いほどに学んだ。

生きていることを毎日の奇跡だと拝む老婆よ、あなたには致命的に時間と逃げる術がない。手前はそれを嘲笑うか。手前の目の前にも時間を止めてしまう何かが降ってくる。奇跡を願え。毎日を自らの知らぬところで生き抜いているという奇跡を。

そして、毎日を生き抜くことにおいて、キャパシティ不足に喘いでいる者よ。一日の終わりを告げる眠りに就くその瞬間までがギリギリの容量で生きてはいないか。エネルギーのチャージを薬物に頼ってはいないか。己の持って生まれた回復力を傷つけてはいないか。緩やかな自傷行為に走ってはいないか。

生きることに伴う穢れよ、夜にふるい落とされるまで待つがいい。穢れを落とせない者よ、自らを磨り減らし、生きていることへの奇跡を忘れるな。その思い一つが万能の兵糧玉となる。せめて救われるがいい。

ああ、実のところと言えば、逃げ道も見つからず、一日の穢れを次の日に持ち込み、災いを恐れ、何にも救われることがない、それが現実。だからせめて一日を走り抜ける。

雨は土と共に全てを押し流す。渦巻いた雲は物を宙に舞わせる。太陽はそこにあるだけで人を殺す。大地は揺らぐ手を休めない。逃げ場などはない。

せめて倒れるな。ただ一日を漫然と過ごし、終えたとしても、それも奇跡であることを忘れるな。地面をグリップする力だけは残しておけ。神に頼るな、仏に祈るな、自らに誓え。今日もまた生き抜くと。

塩をなめろ。活力を与えろ。力なら自ら生み出せ。頼れるものなど何一つとしてないと知れ。

(867字)

 

陽水II センチメンタル

陽水II センチメンタル