雑音万華鏡 -Noiz-

愛してやまない音楽たちにあふれんばかりの情を込めて

Vol.42 Wondering up and down~水のマージナル / PSY・S (1989)

雪原を一本に渡る道を走る車。後部座席の小さな窓から見えるは切れそうに薄くなった月。どこか寝不足の頭を抱えながらぼんやりと、そして凝視するかのように見つめる月。どこまでも追いかける月。いや、月が動いているのか、自分は動いていないのか、わからない。

火にくべる薪。厳寒の屋外に燃え上がる炎。雪は既に止み、新雪が足下で音を高い音を立てる。爆ぜる音、踏みしめる音、木々が枝を揺らす音、時折耳を痛めるようにして吹く風の音。空と空気、そして雪だけの世界に音は止まない。自分がいつこの場に倒れたとしても、自然の音は途切れない。

音は粒。泡の粒。あちこちから上がる音の粒がどんどんと蓄えられ、無音と常音の世界を埋めつくす。音は割れた泡が弾ける様。目には見えない粒が空気中を埋めつくし、それが身体に当たると共に音となって自分の耳へと届いていく。彼の耳へも届く。彼女の耳へも届く。

頬はすっかりと冷たくなり、顔は次第にこわばってゆく。炎の粒が身体に当たるようにして暖を取りながらも、その寒さは終わりを知らない。季節はまだこれから。冬という冷たくも厳しい音の粒が全身にまとわりつく。寒さが弾けるたびに音となり、身体を凍えさせてゆく。

遠くからも冬の音。水が流れを堰き止められ、次第に凍ってゆく音。屋根から垂れ下がった氷柱の先から落ちる雫が、地面に作られた氷を穿つ音。音の全てを雪が吸い取ったとしても、残滓は確実に耳へと届く。届かないのは雪が地面に重なってゆく音。

雪の降る様をしんしんと名付けたのは誰か。音のない世界は人の感覚を研ぎ澄まし、やがて畏れを呼び込む。畏れと恐怖。名前をつけることで、音が埋もれてしまう世界から脱出しようとした先人の試み。

埋もれた音も、やがては弾ける。その時、耳は気がつく。冬は研ぎ澄まされた音の宝庫であると。音の泡は縦横無尽に大気を駆け抜ける。その泡をつかまえて、割ればそこには冬。一つ一つ割って歩き、冬という季節を身体に覚え込ませる。

(816字)

 

ATLAS

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