雑音万華鏡 -Noiz-

愛してやまない音楽たちにあふれんばかりの情を込めて

Vol.41 東京ライフ / KAN (1992)

東京から脱出を試みたとしても、ヨーヨーのように何度も呼び戻される。結局その引力に負けるかのように逆都落ちをする。だからこそ、全てを飲み込む都市、東京。

延びに延びた地下鉄は、至るゴールまでのルートを無闇に増やし、多くの最短距離を生んでは人を混乱させる。何か一つの機能が止まれば、全てに波及し、人はその度に足止めを食らう。それでも住み続ける都市、東京。

すれ違う人々のほとんどが二度とすれ違うことはなく、知人を見かけたとしても人波の向こうにかき消される。呼び止めようと声を上げることは人の波の中でははばかられ、結局は列を乱すことなく誰かの歩幅に合わせて歩く。誰もが同じように歩いている都市、東京。

地下。人工の角張った迷宮は、人間のために作られた蟻の巣。蟻であれば出口にもすぐ至ろうが、人は矢印の向きに翻弄される。唐突に消える矢印。再び現われる矢印。さっきまで指し示した向きとは異なる矢印。人は混乱し、ぶつかり合い、舌打ちがあちこちで上がる都市、東京。

立ち止まる。

人々は整然と並び、黙し、数分おきにやってくる満員電車を待つ。それを眺める自分は東京から少しだけ弾き飛ばされ、どこか異なる位置に立っている。目の前の背中をぼんやりと見つめる視線、携帯電話に真剣に落とされる視線、足元をじっと見つめる視線。誰もが東京という街を見つめているようで見つめていない。群がることを嫌がる者が、意図せずして群がる。環状線は手を休めず、迷路は地上から人を隠して運ぶ。

地上に人、地下に人。建物の上下階に人。立体に交錯している人々。自分の足下で迷っている人のことを知らず、自分の頭上で悩んでいる人のことを知らず、同じ高さの異なる建物に立つ人のことも知らず、誰もが誰もを知らずに生きる都市、東京。

だからせめて家族だけはと家守になろうと、そのほとんどの時間は街守として人々が生きている都市、東京。人々を飲み込み肥大し、それでも破裂しない都市、東京。それでも暮らしていかなくてはならない都市、東京。

東京、東京、東京。

再び歩き出せば、仮面をかぶったかのように感情を押し殺した人たちの流れに乗ることが出来る心の癒やしの都市、東京。だからこそ自分はここに住んでいる。人の都市、東京。

(919字)

 

めずらしい人生 1987~1992

めずらしい人生 1987~1992